LOGINガタン!
椅子を勢い良く倒したイアンに庭に居る全員が注目をする。「大人になったら兄上をお守りする騎士になります!」
(愛する、というのは女性に対してじゃなくても良いよね)イアンは「騎士になる」そう宣言をした。
イアンはブラコン気味──気味と言うより正真正銘のブラコンだ。彼が王位を継いだら右腕として支えになりたいと思うほどに。 自分の髪は面白みがない真っ黒で、兄上は金色の髪に蜂蜜を溶かしたような金色の瞳。太陽のように眩しくて、誰でも明るく照らしてくれる。僕の真っ黒な髪も彼の隣にあれば輝きを放てる、そう思っていた。自分も金色の瞳をしているというのにイアンの目にはロイドの瞳の方が輝いて見えていた。「兄上に騎士の誓いというのをしたいので、教えて下さい」
イアンはそう言って、背後に立つ騎士を見ようと腰を捻ると兄の笑い声で振り向くのを止めた。
「ははははっ! イアン、面白い事を言うね」
イアンはロイドを見た。ムッと口を曲げるとロイドは「馬鹿にしたわけじゃないよ」と自分の目尻に付いた涙を指で拭う。
「嬉しいけど、騎士の誓いはこれから出会う大事な人にとっておくべきだよ」
「兄上以上の人に出会わない! これからの人生、兄上を主君とし全てを捧げます!」 「まだ六歳じゃないか」笑いながらロイドはイアンの髪をクシャクシャと掻き乱す。不機嫌そうに口を曲げているものの、擽ったそうに目を細めた弟を見てロイドは満足そうだ。
重い空気は一転し明るいムードが流れる。その雰囲気にイアンは心なしかホッと胸を撫で下ろした。 義母の様子が気になって彼女を見ると瞳の奥に恋しさと寂しさが見えた。もう一つ、見えるものの、イアンにはそれがなんなのか分からない。(母を認めていたと言っていたけど、本当かな? 本当は一番になれず寂しかったんじゃないのかな?)
使用人の話を耳にした事がある。
『片想いをしている人がいる。その人を愛しているんだ』
『貴女を王妃として幸せにするけど──俺の気持ちは彼女にしかない』と告げたという。
婚約者の心に別の女性が居ると知った時、どんな気持ちだったんだろう。 ──使用人達はジェシカの心を思うと辛い、と涙した。辛いだろうから、僕の存在が許せない、とも言っていた。(僕が騎士の誓いをしたいと思っている相手は
僕は兄上へ誓いを立てるって言ったけど、兄上を守るという事はこの国を守るという事で、それには勿論母上も含まれる。父の顔は出てこない。僕を生み、この世にいない生みの親よりも僕は
「……白髪。地獄に堕ちるのは貴女よ」 懐かしいあだ名で呼ばれる。 クツクツとした笑い声が徐々に大きくなっていく。腹を抱えて笑うミシェルにオリヴィアは眉を顰めた。「あー、おかしい」 笑い過ぎて出た涙を指先で掬ってから、訝し気にこちらを見上げるオリヴィアにミシェルは意地悪く笑みを深めた。「あんただけの記録とは言っていないわ。あんたの母親の記録もあるの」「なんですって……?」 無邪気な笑いを浮かべるミシェルとは逆にオリヴィアの表情は消えていった。「私のお母様は第四側室として嫁いだけど、その前からお父様とは顔見知りだったの。お母様は媚薬や薬品を皇宮へ流していたから。その時、この水晶玉をお父様に贈ったわ。お父様は悩んでいたわ。スェミス大国から嫁いできたあんたの母親が自分に靡かなかったから。国に帰りたい、と故郷のお姉様に一筆書こうとしていたくらいよ。プライドだけは高いお父様にとって許せる事ではないわよね。だから、あんたの母親と初夜の晩から毎晩のセックスを記録して脅したのよ。『逃げようとか離縁を考えたりすれば、お前の家族に見せる』 って、ね。それを恐れて従順になったらしいわ」「…………」「お母様もずっとこれであんたの母親を脅していたわ。誰にも見せたくなくて何でも言う事をきくって面白がってた」 言葉を発せずにいるオリヴィアを見てミシェルは歓喜した。オリヴィアが幼い頃から大嫌いだった。でも、彼女の絶望に満ちた表情を見ると加虐心が刺激されて心地良い。大嫌いで、でも苦痛に満ちた表情は大好きで……真逆な感情が混ざり合い、歪な感情となって身体中を駆け巡った。「あんたの母親の最期も残っているわ」 ミシェルは口角を釣り上げる。「ぶっさいくな死に顔が映ってるわ!」「──殺してやる!」 オリヴィアは咆哮した。 怒りに任せて声を荒げ暴言を吐いたのは人生で初めてだった
「これは記録魔法よ」「どうして、そんなものを……そこまで私の事が嫌いなの?」「大嫌いよ」「……私が何をしたの」 血は繋がっていない姉妹達はオリヴィアを苛める事を楽しんでいた。その中でミシェルからの体罰が一番酷かったように思う。髪を引っ張り、鋏で髪を切り、馬乗りになって頬を殴る。それを姉三人は愉快に笑った。オリヴィアは彼女達の機嫌を損なわないように息を潜めて過ごしていたのに、関係なく暇があればオリヴィアを呼び出して笑いものにして彼女の心を痛めつけた。姉達が他所へ嫁いで行ってミシェルだけ残ったが、暴力はエスカレートした。鞭で背中を痛めつけるようになった。『目が気に入らない』『髪が目障り』『服の色が気に入らない』 理由はなんでも良かったのだろう。オリヴィアをただ痛めつけられたら、何でも良かったのだ。頭を踏みつけられ、汚れた床を舐めて綺麗にしろと命令された事だってある。一度拒否すれば、鞭で散々痛めつけられた。可愛らしい顔に加虐に満ちた笑みを浮かべ、鞭を何度も何度も何度も振り下ろす。 オリヴィアはブルっと大きく身震いをした。 六歳になったオリヴィアの背中は真っ新で染み一つもないのに、思い出したせいで鞭で打たれた後のようにジンジンと疼いたように痛みだした。俯き震えているオリヴィアを見て、ミシェルはさも愉快そうだった。「あんたの存在そのものが嫌なの。私より先に生まれたことも気に入らない。どこの種馬の子供かも分からないのに皇女って呼ばれるのが気に入らない」(そんなに嫌いなら、放っておいたら良かったのに) そっちが勝手に絡んできたんじゃない――……。 お母様は盾になって私を守ってくれた。結果……殺されてしまったけど、お母様が亡くなって私を守る盾がなくなったなら捨て置いてくれたら良かったのに。(あぁ……でも、そうなっていたら私はイアンと再会できなかったのね)「でも、歳を取ったらあんたの瞳は嫌いじゃなくなったわ。むしろ今は好
「スェミス大国を滅ぼすの」「──はぁ?」 あまりにも突拍子過ぎて間抜けな声が出てしまう。裸でふんぞり返るミシェルが憐れに見えてきた。「お母様を殺した事は恨んではいないわ。でも私の心臓に剣を刺したグゥインを私は一生許さない」「でも、貴女は生きているわ」「身代わりを立てたの。首を刎ねられる寸前にね。でも刺されはしたから完治するまでだいぶ時間がかかったわ」 その身代わりが誰かは恐らく彼女の周りに居たとりまきの一人だろう。私が彼女に痛めつけられている姿をただ傍観していた人たちだから可哀想だという感情は湧かなかったが。「私がこの国を乗っ取る為にまず邪魔なのはグゥインよ。それ以外はどうにかなる」「その自信はどこから来るの? イアンだけがスェミスを防衛している訳じゃないのよ」「私には協力者がいるの」「──協力者?」(ミシェルに協力者──? 他にも生き残りが居るの?) 旧帝国の皇族と皇帝派もろとも処刑され生き残りはいないと聞いていたのに。(イアンに言わなきゃ) 服をアンから用意して貰ったら、すぐに出掛けよう。アンが説明すればこの姿でも問題ないだろうし。 そう考えあぐねていると、頭上からミシェルに話しかけられた。「まぁ良いわ。グゥインを殺せなかったけど、呪いが失敗した訳じゃないから。呪いが失敗すれば術者に返ってくる。でも私には返ってきていない。だから呪い自体は発動している筈なのよ。なのに、あの男は死んでいない……何かがおかしいわ。今後どう作用するかは私にも分からない。お姉様と顔を合わせた時に何か起きるかもしれないわね」 自分の考えが読まれて分かり易く表情を崩してしまう。その様子にミシェルはニタリと笑った。「赤髪を使って伝えてもらうのも無駄よ。余計な事はしない事ね。もし、計画が漏れるような事があれば、あんたの秘密をバラすから」 幽体姿のミシェルは水晶玉を取り出した。彼女がブツブツと呪文を唱えると、パァッと水晶玉が光に包まれる。それから玉の中が揺らぎ、人影の
「顔をあげなさい、このクズが」 可愛らしい声と容姿なのに、いつもあの子は毒を吐く。細い綺麗な指で私の頬を殴り、鞭を持ち、振り上げる。細い脚で頭を踏みつけ、コロコロと可愛らしい声で笑う──。「聞こえていないの?」 枕を抱き締めたまま爪先からやっとの事で視線を上げて姿を瞳に映し出すと綺麗な顔を歪めて立つ妹──ミシェルが裸で立っていた。 十三歳で亡くなった筈のミシェルは成長した姿だった。妖艶に笑う彼女からは昔の幼さは消えている。ウェーブがかった栗色の髪をかき上げてるのをオリヴィアは呆然と見た。言葉を発そうにも震えて出てこない。彼女にされた仕打ちは、そう簡単に忘れられないのだから。(死んだ、って聞かされたのに、どうして目の前にいるの……?) 考えても答えが出なかった。 寝台の上で後退れば彼女もまた一歩近付いてくる。「夢──」「にしては生々しいわね」 顔がグイっと近付いてきて、碧い瞳がスゥっと細くなる。それから右手が上げられて条件反射でオリヴィアは目を閉じた──ら、痛みはいつまで経ってもなくて、馬鹿にされたように笑われた。「いつまで経ってもビビりね」 クスクス笑いながら言われ、反論出来ない。「ど、どうして生きているの……?」「ハッ。そんな事どうでも良いのよオリヴィア。それは私の台詞なの──どうしてあの男はまだ生きてるの?」「あの男……?」 忌々しそうに訊ねたミシェルにそう聞き返せば、「イアン・ジョー・グゥインよ」「イアンに何したの!?」 ニィ、と口角が上がる。昔と変わらないその表情に吐き気がした。「お姉様とグゥインが婚約をした時、呪いをかけたの」 お姉様、なんて今まで言った事がないのにわざとらしい──。「そんな事ができるの?」「えぇ。私魔女だから」(魔女?) 魔女が存在する事は聞いた事がある。しかし彼
蹴り飛ばした音と共に、悲鳴がこだまする。部屋に一歩足を踏み入れると寝台の上が小さく盛り上がっていた。 寝台に向かって足を進めるも、足元に何か落ちていることに気が付いた。拾いあげると、昨夜アンがオリヴィアに着せた檸檬色のナイトウエアだ。ビリビリに引き裂かれたそれを握り締め、彼女は顔を歪めた。「無理矢理だったんですね」「無理矢理じゃないわ。同意のもとなの」「あの男を庇わないで下さい」 盛り上がったシーツにそっと手を触れると中にいるオリヴィアの震えが手に伝わった。シーツを掴み引っ張ろうとするも、中からも引っ張られてしまう。「私のことは、放っておいて!」「いいえ! そういうわけにはいきません! 荷物をまとめましょう!」「まとめないったら!」 グイッ! と掴む。そこまで強く引っ張ったつもりはなかったが、簡単にシーツは奪えた──が、目線の高さにオリヴィアはいなかった。「あっ!」 と声が目線より下から聞こえて、視線を下げると、オリヴィアはそこにいた。 カーテンの隙間から漏れた日の光を浴びてキラキラ宝石のように光る銀髪、染み一つない肌──くりっとした大きな目。オリヴィアが居る筈なのに、自分が知る彼女ではない。いや、知ってはいる。知ってはいるのだが──……。「随分、小さくなられて……」 寝台に素っ裸で身を小さくするオリヴィアを呆然と見下ろす。「わ、わたしって分かるの……?」 オロオロと恐れるオリヴィアをシーツで包み込んだ。「どれだけ毎日いっしょに過ごしたとお思いです」 跪いて目線の高さを合わせると、オリヴィアの瞳に、零れんばかりの涙が溜まり出した。「とりあえず……天使そのものなので画家を連れてきて良いですか?」 ※ オリヴィアの話をアンはひたすら無視して、六歳のオリヴィアを褒め称えた。「六歳になった私を見てもイアンは気付いてくれるかしら?」
※ ──ドンドンドン!! 七年前の過去を思い出しながら、アンはオリヴィアが寝ているだろうイアンの寝室のドアを激しくノックした。 七年前に目撃した光景のようにシーツに包まって震えているかもしれない──そう思うと息が上手くできず息苦しさを覚えた。いっそ、この息の根をオリヴィア様に止めてもらいたい。オリヴィア様をまた守れなかった私は彼女に殺されるべきだ。「オリヴィア様!! ご無事ですか!? あのクソ男に手籠めにされたと聞いて、私は、私はっ……!」 泣いている場合じゃないのに涙が溢れた。必死になって袖で拭くのに自分の意思とは反対に一向にやんでくれない。 ドアノブを回すと鍵がかかっているようで、アンはガチャガチャと回した。「アン!」 声が聞こえて、アンは安堵した。意識はあるようだ。「オリヴィア様の元へ今から行きますから」「アン、落ち着いて。私はなんともないから!」 まだ、あの男を庇うのか──。なんてお優しい。 アンは恋を知らない。オリヴィアに対する忠誠心だけで生きてきた彼女に恋をする暇がなかったと言えばなかったのだが、決して騎士仲間同士でも美人の部類に入る彼女はモテないわけではなかった。しかし理想が高い彼女は自分より弱い男に興味が湧かず、三十一年生きてきた。「エレンから行かないように言われなかったの?」「言われました。しかし、私は使用人達の話を聞いてしまったのです。オリヴィア様があの男から手籠めにされたと聞きました」 使用人達はそんな事一言も言っていないのだが……アンの脳内でそう変換されてしまっている。「手籠めなんてされていないわ」「グスッ、うっ、うぅっ……お辛かったでしょう……」「アン? 泣いているの?」 泣きじゃくるアンに面食らったオリヴィアは「泣かないで」「私はなんともないから」と慰める言葉を室内からアンに伝える。その優しさにもっとアンは嗚咽を溢した。「ここを開けて下さい。手当しな